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加藤だより

2006年09月12日

~北海道中膝栗毛(故郷編)~


9月某日
小雨降る夏日の夕方、飛行機で東京を後にすること100分・・・海を越え、アイヌモシリ(人の住む地)の一空港である女満別空港に降り立つ。日が落ちた暗闇の道東は既に秋を感じる気配。
空港から北東に位置する北緯44度のまちが我が故郷。車で約30分の距離。霧雨の中、迎えの車に乗車する。


道道空港線から国道39号線(旭川~網走間215km)へ。雨雲が星空を遮っている為、道路の両脇は深い漆黒の闇に包まれ景色が見えず(東京では先ずお目にかかれない暗さ)。
車に揺られること数分、見慣れない道路標識を発見、鹿の絵のマークだ。鹿など野生動物飛び出し注意ということらしい。昔はそんな道路標識はなかった(道産子は常に運転中、鹿の飛び出しに注意しているので、道外から来る観光者用に設けたものか?)
あらためて僻地へ来たんだな~と実感。


空港から車が走り出して15分ほど経つ。森を抜けてそろそろ網走湖(網走五湖の一つ)が左手に見える・・・筈だが、(湖面を想起するには対岸の車群のライトが頼り)湖を挟んだ西岸の道路には一台の車もこの時間は走っていない・・・さすが地方の国道(238号線、網走~稚内間320km)だ。
※ちなみに網走湖の周囲は約40km。フルマラソンに適しているのか、網走市某高校のマラソン大会のコースになっている。


左車窓は森と湖の区別がつかない眺めのまま国道を走行する(右車窓は石北本線の線路と山)。
湖が終わり湖口からするすると川が道路左側に出現。網走川だ。ここから河口まで約7km、そしてオホーツク海へと注ぐ。
※古くは江戸末期の探検家・松浦武四郎(北海道の命名者)がオホーツク海から網走川をさかのぼって網走湖に出て奥地を探検したという。当時は河口付近のみ僅かに和人が住む(冬は野菜不足による壊血病が発生するので越冬はしない)程度の未開の地だった。現在では河口から6kmほど川に沿って住宅街が広がる。


網走川と石北本線に挟まれるような形で国道を北上、ようやく住宅街に入る(灯りが懐かしー!)。
網走湖西岸を一部走っていた国道238号線とここで合流、交差点は丁字をなす。39号線はここから東へ向く。
久々の信号だ。
先ほどまで左に見えてた網走川が少し手前で西へ迂回しつつ大きく右に90度曲がって東へ流れるため、ここの丁字交差点から見て北を東西に流れている。そして、川を挟んだその向こうに赤レンガ塀が人を寄せつかない威厳を漂わせつつ存在している。
有名な○○刑務所だ。
市の中心から5kmほど離れ、おまけに川の北岸。刑務所は西と南を網走川に北と東を山に囲まれた僅かな平地に築かれているので、地形的に地元の人間すら寄せ付けないような隔絶した雰囲気を醸し出している。
標高は低いが急峻な北の山には望楼が建っていて強制収容所らしき趣がある。
一応、川伝いに東へ伸びる道路と南に橋があり、一般の人でも刑務所正門まで行ける。
交差点を右に曲がって300mほど行ったところが橋の南側入り口で土産物店や有料駐車場があり、観光客は橋を渡り見物をされているようだ。
※この橋の名は「鏡橋(かがみばし)」と言って、務めを終えた受刑者が橋を渡るとき「流れる清流を鏡としてわが身を見つめ自ら襟を正し目的の岸に渡るべし」の願いが籠められているとのこと。


ワタクシを乗せた車が「刑務所前」の信号にひっからなかったので、あっという間に通り過ぎる。
刑務所前より市内へ向かうこと5分。自宅へ到着(そう、実は我が故郷は網走だったのでした)。
自宅に着くと室温は外気に比べ温かい(隙間風が命取りになる北の大地では、家屋の密閉率が高い)。


初日なので夕食後、早めに寝ることにする。
2日目の模様は、次週御期待!(誰も期待していないが・・・)


投稿者 加藤 : 2006年09月12日 19:50

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