風邪をひいてしましました。このめまぐるしく変わる気候の変化に、体がついていききれなかったようです。
私自身、体には気をつけているほうで、頭の中の半分は体のことです(笑)。生活習慣もそうですが、普段の動き、立つ・歩く・座る・しゃがむ・寝る…などは、その場その場で自分がどうやってるのか無意識に感じています。
自分の姿勢・動作というのは、自分が思っている以上に癖があります。そしてその癖がと体は硬くしています。子供の頃はみんな柔らかいのに、だんだん硬くなっていきます。昔から硬かったという人も、もう既にその頃には、自分の体が出来上がっていたということです。えっ?子供の頃からそうだった?そんな人でも、物心つく前はそうでなかったはずですね。赤ちゃんが多分に漏れずふわふわしているのはご存知だと思います。物心ついたその頃には、すでに動作の癖が始まり、体は早くも硬くなりつつあるのです。
そんな頃の事までをいわれると、なんだかこの体の硬さはもうどう仕様のない(笑)ことみたいですが、実はそうではありません。これは自己形成と関わる話で、親子関係、友人関係を結んでいくのに必要なことだったといえば、全く根拠のない想像ではありません。世の中で生きるための精神構造を、その時々の環境の中で作り上げていく作業というのは本人にとってかなりキツいことだったはずです。
『枠にはめられる』ときには、動作も縮みます。正しい姿勢をとる為の、緊張と脱力のバランスが生まれません。小学生ぐらいのときって、とく『シャン』としなさい!と言われませんでしたか?それとも、背筋を伸ばしてっ!でしたでしょうか。子供って大人と接する時に、はにかんでふにゃふにゃした感じになりますよね?(大人でそんな風にしてたら気持ち悪いです。)世界が、家庭と周りの友人とに限られているからです。大人と接するだけの自分が出来上がるのはまだまだ先のこと。そうやって、その人なりの心と体を作りあげていくのです。
今の自分という心も体も、社会適応という修羅場をくぐり抜けてここまで出来上がってきました。しかし、ここからは生きている喜びみたいなものを実感していくことが人生を全うしていくことにつながります。生き生きとした自分は自分の中に必ずあるはずで、それを再発掘していくことが喜びなのかもしれません。
その一つの実践が『体を柔らかくする』というのは決してこじ付けではありません。座禅というのは『悟る』ための実践法です。結跏趺坐というあの足の形が出来るぐらい体が心が柔らかくなくては、悟りの境地に達することが出来ないのです。
座禅に限らず、『体を柔らかくする』為には身体感覚を育てないといけません。骨が筋肉が動く感覚をミリの世界にしていくことで、必ず体は変わってくるはずです。心の変化もそれだけ微妙なら、体もまた然りなのです。
ふうっ。今回は力みすぎました。そんなことより風邪を早く治せと患者さん達からお叱りを受けそうですね。今日は早く寝ます。