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必要性2005年10月15日日本の中にどれだけ英語が話せる人がいるか分かりませんが、あまり多くないように思います。 学校のカリキュラムにある英語の時間が少なかったり、教科書や教える側などに問題があったり、etc… 周りをみてみると、この「必要性が少ない」からうまくならない、できないということは何も英語だけに限ったことではなさそうですが。 投稿者 松本 : 2005年10月15日 20:20 コメントおっ、松本先生、いいテーマを持ってこられましたね~。 確かに、先生がおっしゃるように日本では仕事で使わない限り、英語の必要性はほとんどないですね。でも本当は英語ってそんなに「堅く」考えなくていいものなんですよ。日本人が、最低6年間も英語を習っていながらほとんど話せないのは「教科」になってしまっているからなんです。それも主に受験用の英語。それでも最近は中学などでネイティブ(外国人)の先生を招いて普通の会話ができるようなレッスンになってきてはいるみたいですが・・・。小さい頃を思い出してみましょう。ピアノ、野球、バレエ、サッカーといろんな遊び(お稽古事)を経験してきた人達は大勢いると思います。先生はどうでしたか?それでいつの間にか好きになって自分なりに「よし、もっとがんばろう」って気になっていたと思います。英語もその一つとして小さい頃に触れることができたら、子供にとってはすごく楽しいものになってくれるんですよ。「好きこそものの上手なれ」とはよく言ったもので、好きになったら「もっと!」って自然に思うものなんです。わかるようになると自信にもつながります。そして、目標ができる。英語の歌をもっと歌いたい(歌詞がわかりたい)、映画を字幕なしで観てみたい、英検をとりたい、外国人に話しかけてみたい、留学したい・・・。ねっ、英語によってぐっと世界が広がると思いませんか。 投稿者 Twinkle : 2005年10月18日 10:38 Twinkleさん、こんにちは。 おっしゃるように「最低6年間も英語を習っていながらほとんど話せないのは『教科』になってしまっているから」かもしれません。受験用に無理にやらされては、キツイです。 そのためには初めから固く考えすぎない方が良さそうですね。今でも英語と聞くと、なんとなく肩に力が入ってしまう気がします。ですが「字幕なしで映画を観る」ためなら、少しは肩の力を抜いて勉強できそうです。(映画が好きでよく観ますが、ごくまれに聞き取れる時はやはり嬉しいです) それと太陽と北風の話を思い出しました。少し無理がありそうですが、「必要性」は北風で、「好き」というのは太陽に例えてみます。 北風と太陽はどちらが旅人の服を脱がすことができるのかを競争します。北風は、強風で無理に服を脱がそうとしますが、旅人は脱がされまいと身を固くしてしまいます(肩に力が入ってしまいます) ですが、太陽がポカポカ照らすと、旅人は暑くなって、気付いたら服を脱いでしまっていたんです。(肩の力は入らずに) 確かに好きになったら、その事に関して自然とより多くのことを、より深く知っていきたくなると思います。
投稿者 松本です : 2005年10月22日 12:42 コメントお待ちしています |
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